syghの新フラグメント置き場

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劇場版・閃光のハサウェイに感じる一抹の不安

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」の劇場版公開に先行して、YouTubeのガンダムチャンネルで「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」(1988) を24時間限定で無料公開するとのことで、久々に観てみましたが、やはり問答無用で名作ですね。本当にニューガンダムは伊達じゃない。最後にサイコフレームの光が地球に広がっていくラストシーンは、もはや涙無くして観られません。画面右上のテロップとか、閃光のハサウェイの予告がときどき入るのが鬱陶しかったのですが、まあ無料配信なので許容範囲です。本当に作品に集中したければお金を出して円盤を買うかレンタルしましょう。

劇場版の閃光のハサウェイの予習として、劇場版の逆シャアが妥当かどうかは今のところ分かりません。ただ、少なくとも逆シャアを真に楽しむためには、ファースト三部作だけでなく、ぜひTV版ゼータとダブルゼータまで観ておいて欲しいです。理由は色々あるんですが、まあ観ればどういうことなのか分かることでしょう。ただしクソ劇場版ゼータだけは絶対に観ないでください。アレはアムロとシャアの対決によって幕を閉じたガンダムサーガに、富野監督自ら泥とクソを塗りたくって冒涜した、最低最悪の駄作です。俺は死ぬまであのクソゼータを絶対に許しません。

しかし、この頃の北爪キャラデザインは本当に魅力的ですね(残念ながら今はもう見る影もありませんが)。特にミライさん、超美人じゃないですか。アムロもブライトもカムランもシャアもララァ安彦良和のオリジナルデザインとは異なりますが、逆シャアならではの魅力があります。ダブルゼータからの続編なので違和感もありません。

閃光のハサウェイに関しては、富野由悠季自身が手掛けた原作小説を大学生の頃に読みました。なので、後味の悪い結末も知っています。ただし、小説版の「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」は、これまた富野氏の小説「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア ベルトーチカ・チルドレン」という、劇場版の逆シャアとは異なる展開となるパラレル作品の続編となっています。そのため、小説版のハサウェイは自分で手にかけたクェス・パラヤの幻影に悩まされるという、いわばアムロ・レイララァ・スンのような関係になります。トチ狂ってチェーンをぶっ殺したクソガキハサウェイではないわけです。まあ親父にナイショでテロリストやってる時点でクズであることには変わりないんですけど。

で、問題は劇場版の閃光のハサウェイについて、村瀬監督はいったいどの設定・世界線を採用するのか、最終的にどういう展開・結末にするつもりなのか、ということが一番心配なわけです。一応最後まで見届けるつもりではいますが、もしガンダムUCのようなふざけたことをするようであればいつでも見限る覚悟です。予告の絵と声から感じたイメージでは、まんまガンダムUCのノリでした。要するにまた気持ち悪い(出来の悪いゲームのような)カメラワークとモーションや、ホストみたいなしゃべり方をする声優、記憶に残らないチャラ臭い主題歌だらけなわけです。ああ、こいつらはまたガンダムUCと同じノリで安直に閃光のハサウェイも作ろうとしてるんだなと感じました。ぶっちゃけUCはアナザーガンダムみたいなものなので、どう料理しようが勝手にしてくれ、という感じですが、閃光のハサウェイを同じノリで作るとか狂気の沙汰です。またひとつ、宇宙世紀の遺産が食いつぶされていくのではないかと。もし仮に自分がアニメ監督だったとしたら、いくらキャリアを積んでいようが、あまりに恐れ多くて閃光のハサウェイの監督なんて絶対にできないですよ。たとえ何十億積まれても。モビルスーツにしか興味のない連中にとっては、どうせ(CGを下絵に描かれた小綺麗な)クスィーガンダムペーネロペーが動く姿が見られればそれだけで満足なんでしょうがね。まあ今の自分は80年代の作画や声優が大好きである一方、2000年代以降の作画と声優は大嫌いなので、そういう個人的なバイアスもかかっていることは否定しません。

もちろん、前代未聞の駄作・クソ劇場版ゼータの前例があるので、仮に富野由悠季自身が閃光のハサウェイ劇場版の監督を務めることになったとしたら、もっと不安になっていたかもしれません。どうせまた過去の作品に泥を塗りたくり、総監督または執筆者であった自分自身だけではなく、作品を作り上げた全スタッフや往年のファンをも欺き冒涜するようなクソ展開と結末に改変するんじゃあないのかと。