syghの新フラグメント置き場

プログラミングTipsやコード断片の保管場所です。お絵描きもときどき載せます。

ナウシカの胸が豊かであることに今更気付いた話

6月末から日本全国で「風の谷のナウシカ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ゲド戦記」のリバイバル上映がされています。各作品1,100円の良心的価格設定。宮崎駿監督作品は金曜ロードショーで観たりVHSで観たり劇場で観たりもしていて、「もののけ姫 (1997)」「千と千尋の神隠し (2001)」は公開当時劇場で観たんですが、ナウシカ (1984) やラピュタ (1986) の公開当時、自分はまだ物心もついていない頃だったので当然劇場の大スクリーンで観たことはありませんでした。今回はせっかくなので、まずはナウシカを観に行ってきました。いやー、映画って本当にいいものですね。有給を取って平日に行ったので、かなり空いていて快適でした。やはり映画は平日鑑賞に限ります。

ていうかなんで「ゲド戦記」なんですか? 唯一宮崎駿作品じゃないし……。次はラピュタカリオストロの城リバイバル上映してくれないかなあ。ハウルの動く城とかもどうでしょうか。

ちなみにファーストガンダム3部作とか逆襲のシャアとかF91とかも劇場で観てみたいんですが、逆襲のシャア4DXはリバイバル上映館が少なすぎて観に行けませんでした。というか2,600円は高すぎるわ。アホなのかと。ブルーレイも一向に安くならないし、本当にバンダイナムコガンダムのIPに胡坐をかいた守銭奴のドケチ企業ですね。ジブリには感謝しかありませんが、バンナムには恨みつらみしかありません。

風の谷のナウシカとは

ナウシカラピュタ・トトロは金曜ロードショーでよく放送されるので、人並みに映画をたしなむ日本人であればあらすじを知らない人はいないと思いますが、ネタバレしない程度に一応解説しておきましょうか。ナウシカは産業と戦争によって自然が破壊・汚染された科学文明崩壊後の世界の話で、人々の暮らしぶりは中世ヨーロッパのようでありながら銃器や戦車、航空機・戦闘機も登場するSFファンタジーです。「腐海」と呼ばれる毒の森が世界中に広がりつつあり、人々の生活が脅かされていることが冒頭で描かれます。「風の谷」と呼ばれる集落の族長の娘・ナウシカがこの物語の主人公であり、彼女の視点で腐海の謎が解き明かされていきます。ナウシカが駆る動力源不詳の小型航空機メーヴェ腐海を守る巨大な虫たち、とりわけ動く森のようにも見える王蟲や、旧世界の怪物・巨神兵など、登場人物だけでなく世界観や設定もすべてが斬新な本作の魅力はとうてい語り尽くせません。子供の頃は明るい作風のラピュタやトトロが好きで、全体的に悲壮感の漂うナウシカは苦手だったんですが、大人になって初めてナウシカの魅力が分かるようになってきました。

本作を象徴する伝承の一節「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし」を体現するラストシーンは映画史に残る屈指の名場面です。

ナウシカには宮崎駿が手掛けたコミック版もあり、こちらは映画版とは異なる展開となるそうです。自分は未読なのですが、リバイバル上映を機に読んでみたくなりました。

ナウシカの胸

本題に入りましょう。ナウシカのおっぱいについて。今更気付いたんですが、ジブリヒロインはわりと貧乳が多いのに、ナウシカの胸はかなり大きいほうですよね。服の上からでも胸の膨らみがはっきりと分かります。厳密に言うとナウシカスタジオジブリが設立される前に制作された作品ですが、まあ最初のジブリヒロインといっても差し支えないでしょう。

作中、風の谷に侵攻してきたトルメキアの捕虜として連行される途中、撃墜された輸送機から脱出する際、ナウシカはキツネリスのテトをかくまうために胸元をはだけます。その際に「胸の谷間」がしっかり描写されているんですよ。風の谷だけに。おいちょっとそこ代われ。子供の頃は普通にスルーしてましたが、大人になってから気づきました。

ナウシカはエロい。

御大いわく、ナウシカの胸は風の谷の民が死にゆくときに抱きとめることができるように大きくした、なんてのたまったそうですがね。いや普通に巨乳ヒロインにしたかったんでしょう。本当にありがとうございます。

ただし、昨今のエロアニメと違い、ナウシカには下品で安直で不自然な乳揺れなどありません。蟲笛を振り回すときに右の乳房が揺れるシーンが一瞬ありますが、あくまで自然です。トップクラフト恐るべし。

ナウシカは清楚可憐な美少女でありながら活発な正統派ヒロインですが、風の谷の民の信頼も厚く、包容力が段違いです。彼女のおっぱいはまさに母性と慈愛の象徴ですね。のちに「セーラママ」と呼ばれるだけのことはあります(?)*1

余談

ところで映画本編が始まるまでの10分間くらいで延々と流れる他の映画の予告、アレに邦画を入れるのやめてもらえませんか? 観ていてこちらが恥ずかしいし不快です。あまりに痛々しくて目をそらすことしきり。洋画に比べると最近の邦画は脚本も映像も音楽もキャストもすべて学生レベルの駄作ばかりです。要するに子供っぽすぎる。アニメはまだ結構頑張ってるほうですが、実写は本当にひどいですね。あんなチャチなものを垂れ流して恥ずかしいとすら思わないんでしょう。日本の映画は終わりました。

*1:詳しくは島本須美さん主演の代表作「小公女セーラ」を観てください。こちらも名作です。

無印セーラームーン全話視聴した感想

YouTube東映動画公式が4月から毎週10話ずつ「美少女戦士セーラームーン」オリジナルアニメ(旧アニメ)シリーズ3作を公開してくれているので、このたび遅ればせながらセーラームーン観てみました。

良いですね。素晴らしいです。やはりセーラームーンセルアニメでなくては*1

以下、壮大なネタバレが含まれる感想なので、未視聴の方はお帰りいただいたほうがよいかもしれません。その場合はまず、dアニメストアで無印セーラームーンを最後までご覧ください。

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セーラームーンと俺

今から時をさかのぼること28年。セーラームーンのTVアニメが放送開始されたのは1992年でした。実は小学生の頃、リアルタイムで途中まで観ていたことがあります。「ひみつのアッコちゃん」(1988)とか「魔法使いサリー」(1989)とか、魔法少女もの*2は普通に観ていたので全然抵抗なかったんですよ。というか前番組の「金魚注意報!」を観ていたので、その流れで観始めました。第1話の変身バンクやタキシード仮面登場シーンが特に印象的でしたね。なんじゃこりゃ新しいなーでもお茶目でコミカルで可愛くてエッチだなーと思ってました。確かセーラーマーズが出てくるあたりまでは観ていたんですが、ただ放送時間帯が夕食時で、女の子向けのアニメ(しかもちょっとエッチな変身シーンあり)を親や祖父母と一緒に観るのは小学生男子としてさすがに抵抗があり、だんだん観なくなってしまいました*3。本当はものすごく興味あったんですけど。ちなみに当時はコミックボンボンが愛読書でした。セーラームーンネタをぶっこんでくる漫画家さんもいましたね。本山一城先生とか。講談社だからいいのか。

時は流れ、2015年。リメイク版・セーラームーンCrystalがTV放送されました。オリジナルとどう違うのか、興味本位で観たんですが、キャラクターデザインがとげとげしく、作画もひどくて、登場人物の掘り下げも中途半端で印象が薄い。原作漫画の世界観ばかり重視して愚直にアニメ化した反動なのかは分かりませんが、とてもじゃないけど面白い作品とは言えませんでした。特に変身バンクがCGとかどういうことよ(これが一番許せない)*4。旧アニメよりも原作に寄せて制作されたと言われていますが、ハッキリ言って旧アニメの良さを逆に際立たせただけの凡作に終わりました。旧アニメから20年経って進歩したかと思いきや、完全に日本のアニメ業界は衰退していました。もはや見る影もありません。三石琴乃さんも年齢を重ねてベテランになり、残念ながら当時の初々しさはなくなってしまっていました。もちろん声優さんも人間なので、これは仕方のないことなんですが、他のキャラクターはキャスト総入れ替えなのに主役だけ続投というのはどうも中途半端です*5。第3期まで我慢して観ましたが、プリキュア臭にまみれたデジタルアニメの弱々しさだけしか印象に残っていません*6

再び時は流れ、2020年。もっと早く旧アニメを観ておけばよかったと激しく後悔しています。やはり旧アニメのスタッフは偉大でした。この先、いくら小手先の技術が進歩しても、旧アニメを超えることはできません。なぜならば、旧アニメのセーラームーンガンダム同様、時代が生んだ作品だからです。

HEART MOVING

無印は終盤、三石さんが病気療養のため一時降板されるのですが、荒木香恵(現・荒木香衣)さんが急遽代役として月野うさぎセーラームーンを演じることになったというエピソードは恥ずかしながら今回初めて知りました。交代初回の44話ではやはり違和感がありましたが、45話以降は脚本や演出もあいまって、まったく違和感のない、もう一人のうさぎちゃん/セーラームーン/プリンセス・セレニティを演じられていたと思います。三石さんも1年間ともに走り続けてきた仲間たちと最終回に参加することができず、さぞ無念だったでしょうけれど、その想いはきっと荒木さん、久川さん、富沢さん、篠原さん、深見さん、古谷さん、潘さん、そしてすべてのセーラームーンスタッフに届いていたから、伝説の最終回が生まれたのだと思います。まさにムーンライト伝説。誰がうまいこと言えと。

無印では初代ED曲「HEART MOVING」のインストゥルメンタル・バージョンが要所でBGMとして流れて物語を盛り上げてくれます*7。特に第42話、45話、46話(最終話)では絶妙の使い方がされていました。これらの回は特に印象深くて2回ずつ観たんですが、42話での美奈子ちゃん、45話・46話でのうさぎちゃんのセリフに涙がこぼれました。45話・46話では荒木さんの声質もあいまって、これまでのコミカルな作風と終盤の悲壮感の落差がすごいんです。強敵・DDガールズとの戦いで、ジュピターが、マーキュリーが、ヴィーナスが凄絶な最期を遂げ、とうとうマーズと二人だけになったとき、セーラームーン/うさぎちゃんはこういって引き留めようとします。

「後はあたし一人で全部やるから、全部やっつけて、クイン・ベリルもやっつけて帰るから、レイちゃんは先に帰ってて……死んじゃいやだよ……」

本当は戦いたくないのに、いつもケンカばかりしているけれど大切な人をもうこれ以上失いたくないから、自分ひとりで戦おうとするんです。今にも崩れ落ち泣き出しそうなセーラームーンを励まし、明るく振る舞うマーズ。しかし、結局マーズも苦しい戦いののち、敵を道連れにして命を落とします。ひとり残されたセーラームーンは絶望に打ちひしがれ、これは夢だよと言って逃避しようとしますが、死してなお希望を託し語りかけてくる4人の仲間の声に押され、再び立ち上がり、最後の戦いに向かって懸命に走り出します。ダメだ、書きながら涙が出てきた。

自分はセーラージュピターが一番好きなんですが、やっぱりセーラームーンも健気で素敵ですね。再認識しました。ちゃんと使命を全うする主人公していて、これは確かにみんな憧れますわ。

このように、旧アニメでは脚本・映像はもちろん、演出・音響にも抜かりはありません。

以前、TV版「機動戦士Ζガンダム」について語ったことがありましたが、ゼータガンダムでも「水の星へ愛をこめて」の感傷的・叙情的なインストゥルメンタル・バージョンがBGMとして使われることで、物語の悲劇性を高めるのに重要な役割を果たしていました。音楽は大事ですね。

後期EDの「プリンセス・ムーン」や、セーラームーンRのED「乙女のポリシー」も良い曲ですね。ピアノで弾けるようになりたい。

とりとめもなく語りましたが、言葉では伝えきれません。セーラームーンに少しでも興味が湧いた方は、せめて無印の全46話だけでも観てください。これは観ないと人生損してます。

もちろん我らがdアニメでも観られます。後でまた観返そう。

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*1:最近のアニメはデジタル作画になってから、画面のノイズがなくなりキレイにはなりましたが、皮肉なことにそのせいで立体感や存在感がなくなり薄っぺらく見えてしまうのです。実は多少ノイズがあるほうが情報量が増え、画面が豊かに見えるようになるそうです。何より、均一なデジタル線画や塗りよりも、ちょっとした揺らぎのある手描きのアナログ線画や塗りのほうが温かみがありますね。

*2:そういえば「オズの魔法使い」とか「エスパー魔美」とか「チンプイ」とか世界名作劇場とか、女の子が主人公のアニメは結構よく観ていました。昔はゴールデンタイムのアニメが充実していましたね。

*3:確か「まんが日本昔ばなし」と放送時間帯が同じで、家族みんなでご飯を食べながら観るときはこちらが優先されていたような記憶もあります。

*4:変身バンクがCGになったのは制作費をケチった結果なのかどうかは知りませんが、素人目にも分かる手抜き具合です。あんなものにOKを出す監督やプロデューサーがいるなんて信じられません。本当に作品を愛していてコンテンツを延命する気があるのであれば、きちんと作品に向き合って本気で作って欲しいです。旧アニメも当初は低予算だったと聞きますが、そんな風にはまったく見えません。むしろセーラームーンに関してはヘタな延命措置など不要で、旧アニメは10年どころか30年先でも鑑賞に耐えうる普遍性を持っていることが図らずも証明されました。

*5:聖闘士星矢でキャスト総入れ替えして爆死したのを引きずっているんでしょうか?

*6:ドラゴンボール超といい、鬼太郎といい、聖闘士星矢といい、最近の東映アニメは一様にプリキュア臭がひどくてイライラします。どれも似たような絵コンテ・線画と色彩設計で、動きやカメラワークも画一化されていて多様性がないんです。登場人物も薄っぺらいのが多く、人の話を聞こうとせず一方的に気持ちを押し付け自分語りするだけのコミュ障の性格設定が増えています。要するに会話が成立していない。あと公開予定の劇場版Eternal、なんか色が白っぽくて薄すぎじゃないですか?

*7:この頃はまだ昭和末期の匂いを残した曲が多く、どことなく懐かしいメロディーですね。

エヴァ新劇場版に見る日本のCGの安っぽさ

YouTube公式チャンネルで「ヱヴァンゲリヲン」新劇場版3作(序破Q)が2020-04-29まで無料公開されています。
今年2020年にようやく完結編(?)の「シン・エヴァンゲリオン」が公開されることが決まっていますが(ただしその後延期されることも発表されました)、Qの公開2012年からすでに8年近くが経過しているので、これまでの作品を無料公開したほうが既存ファンのより戻しや新規の獲得も見込めるとの判断なんでしょうね。

個人的にはTVシリーズの「新世紀エヴァンゲリオン」と旧劇場版のほうが好きです。TVシリーズの最終回とか、さんざんボロクソ言われてますが、量産機と弐号機のバトルなど、手描きのセルアニメのピークに立ち会えたことは確かでした。あの巨大感と重量感は今の手抜きCGアニメでは絶対に出せません。あと青い零号機のほうが好きなんですよ。雨の降りしきる中、黙々とロンギヌスの槍を投擲して衛星軌道上の第十五使徒アラエルを屠るシーンとかね。忘れられないですね。庵野監督は当時TV版も旧劇場版も物語として完結させるつもりがなく、視聴者や観客に委ねるというより単に責任を放棄して投げ出しただけなんじゃないでしょうか。

新劇場版も、もちろん公開当時観に行きましたよ。序は比較的TVシリーズに近い流れでしたが、TVシリーズのほうが時間をかけて丁寧にキャラクターを描写してストーリーを組み立てているので、どうしても物足りなさを覚えました。何より、CGがチープで、観ていてつらくなりました。破からはさらに狂ってきて、Qはイライラしか感じませんでした。今回、せっかくなので再度観直してみましたが、やっぱり同じ感想しか抱けないですね。特にQは大人も含めて登場人物ほぼ全員がコミュ障です。TV版や旧劇場版に輪をかけて悪化してます。シンジ君の理解者であったはずのミサトさんがクズになっていて悲しくなりました。誰かシンジ君に状況説明してあげろよ。説明しないからおかしなことになるんだろうが。変なCGのお舟でドンパチなんか見せられても面白くもなんともないんですよ。せっかく旧作からストーリーを変えるのであれば、もっとカタルシスが欲しかった。TV版の第十四使徒ゼルエル戦のカタルシスに比べたら、破は実に締まりのない、拍子抜けする結末でした*1。あと破以降はキャラクターデザインや動きにクセがあって好みでないというのも少なからずあります。

……と、ここまで来たところでようやく本題ですが、日本の映画・ドラマは実写/アニメ問わず、CGの使い方が本当にヘタクソだと思います。実写のCG合成のチープさは言わずもがな、アニメの場合は手描きの部分となじんでなくて、動きもぎこちなく、見るからにCGと分かるので萎えるんです。手描きの背景上でCGのクルマが動いているシーンとか、明らかに浮いていて悲しくなります。トゥーンレンダリングしただけで終わりとか正直ナメてるんじゃないでしょうか*2。CGが便利なのは分かりますよ。大量に同じオブジェクトを配置して連動させるのも簡単ですし、カメラやライティングを変えていくらでも撮り直しができます。手描きでは人件費がかかりすぎてしまう作画工程も、一度3Dモデルを作成すればモーションやモーフを付けるだけで済んだりしますしね。
でもね、俺はCGで描かれた無機質なエヴァンゲリオンが見たいんじゃなくて、多少描き手によってバラつきがあってもいいから血の通った「人造人間エヴァンゲリオン」が見たかったんですよ。エヴァはロボットじゃないんでね。CGのエヴァをクルクル回してドヤ顔をされても、何の感慨も湧きません。安っぽい人形劇が見たいんじゃなくて、群像劇が見たいんです。

日本のCGは、どこまで行っても古いゲーム(PS1/PS2世代)のリアルタイムCGどまりなんです。ポリゴンにテクスチャを貼っただけのビルボードエフェクトとか、いつまで経っても古いゲーム準拠の手法なので、チープさが抜けません。むしろ解像度や画質が上がることで逆にチープさが際立ってしまっています。それはこれからも同じように続いていき、取り残されていくのだと思います。

*1:拍子抜けという意味では旧劇場版にも通じるものがありますが、新劇場版の破とQは上げて下げるのではなく、最初から最後まで低空飛行な印象を受けました。

*2:AKIRAのように表現目的でCGをピンポイントかつ効果的に使用するのであればともかく、手抜きのためにCGを使い始めたら終わりです。

いまだアベ政権を擁護するネトウヨの気持ち悪さ

ネトウヨ、気持ち悪いですね。知能が低い人間は簡単に騙されてネトウヨになります。貞本義行とかね。

浦沢直樹氏のイラスト*1が批判される理由がまったく理解できません。表現の自由の範疇です。

もしかして氏を批判している連中は、今まで一度も新聞を読んだことない無学・無教養な人間なんでしょうか。識字率の高い日本ではホームレスでも新聞を読めるはずなんですが。新聞には社会問題に対する皮肉を痛烈に表現した風刺画が掲載されることが多いですね。義務教育課程の社会科の教科書でも風刺画というのはいくつか紹介されているはずです。有名どころで言うと和田邦坊作の「お札を燃やして明かりにする成金」の風刺画ですね。
NHKの深夜番組「時論公論」でも、風刺というものではありませんが、政治家の特徴をうまくとらえた似顔絵イラストを添えた解説がなされることがありますね。

クソ自民の狙いは知能のない無学・無教養・無気力・無抵抗な人間を増やして日本人を一億総白痴化することなんですが、残念ながら見事に成功したようです。日本人は御しやすいバカばかりになりました。利権ズブズブ、公文書改竄しまくりの国賊・クソ自民党が長期政権を貪るような国になってしまったのだから、もはや有権者の大半がバカになったのは火を見るよりも明らかです。

「2011年3月の東日本大震災福島原発事故の際に、もし自民党政権だったらもっとマシな結果になったんじゃないのか」とかいう見当違いも甚だしいアホなことを言い出すヤツがたまにいるんですが*2、まったく逆ですね。間違いなく、もっとひどい結果になっていました。自民党だったらメルトダウンを隠蔽してますよ。そもそも、津波原発が冷却能力を失ってメルトダウンした原因を作ったのはアベです*3本当の戦犯はアベです。あのとき民主党政権で本当に良かった。効果がなかったり、裏目に出てしまったりした対応もありますが、あのとき国内の全原発を停止させたのは英断です。真の戦犯が誰かも知らない(知ろうともしない)パープリンな有権者のせいで、その後政権が入れ替わり、まーた自民が勝手に再稼働を進めてますがね。まさに自殺行為ですね。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言いますが、歴史というほど過去でもない、つい最近の事例からすらも何も学んでいない、愚者の極みです。

翻って、今が民主党政権だったらどうだったでしょうか。少なくとも
「せや、コロナ対策にマスク2枚配ったろ! 布やから洗って使えるで! 感謝しろや愚民ども!」
などという脳内お花畑のお粗末な対応でお茶を濁そうなどとはしなかったでしょう。

そもそもアベ政権は初手からミスを犯しました。キンペーに忖度して人命よりも経済を優先させたアベは、キンペーに尻尾を振るポチ・テドロスと同類です。呪われて地獄に落ちろ。

*1:あのイラストを「風刺画」と言えるかというと微妙だと思います。漫画家なのだから文章を加えるのではなく漫画ですべて表現して欲しかったですね。

*2:残念ながらウチの親です。身内として極めて恥ずかしい。

*3:安倍首相が原発事故前に「全電源喪失はありえない」と地震対策を拒否していた|LITERA/リテラ

オーバーシュートは制御工学用語です

勝手に間違った使い方してんじゃねーよクソが。
日本の疫学では、「感染者数の爆発的増加」の意味で「オーバーシュート」という言葉を使っているようですが、使い始めたヤツ死ねよって感じですね。もう死んでるかもしれませんが。
コイツは overshoot の本来の意味ではない。制御工学(特に電気・電子工学)では「行き過ぎ量」のことを overshoot と言います。

日本人は英語コンプレックス*1のせいか、原語の意味も知らず横文字を使いたがるクセがあります。マスゴミはバズらせたいがために横文字をむやみやたらに使います。そのせいで大量のクソ和製英語 (fuckin' Japanese-English) が生まれました。
「ミシン」「イギリス」のように、もはや原型をとどめていないものもありますが、英語だけでなくフランス語・ドイツ語・ポルトガル語オランダ語も貪欲に取り入れていた時代に生まれた言葉はすでに日本語化してしまっているので、これらについてはもはや今更どうこう言っても始まらない感もあります。ただ、それらを知った上で使うか、知らずに使うかで言語能力や教養に大きな差が生まれます。辺境の狭い島国でしか通用しない内輪のクソ和製英語はぶっちゃけ英語学習・英語運用の妨げにしかなりません。

ちなみに以前「キャッチアップ」をやたら連呼する人がいて辟易しました。お前はそれしか言えねーのかと。「ら抜き言葉」や「アクセントの平板化」もムカつきますね。「ほぼほぼ」も誰が使い始めたんでしょうか。

*1:英語の complex に関しても、「劣等感」を意味する日本語の「コンプレックス」とはニュアンスが異なります。

中止だ中止

クソ五輪が中止で飯がうまい。

トライアスロンで全員腹壊してマラソンで死人が出て、東京都のバカ政治屋どもが全員フルボッコにされればメシウマと思ってましたが、よもや伝染病で中止になる可能性が浮上するとは。

クソ五輪なんぞ誘致したら最後、日本が沈没するだけじゃねーかとずっと危惧してたんですが、

第一次鬼畜暗黒政権・アベ時代に津波対策せず放置(死ね)*1
福島原発メルトダウン
第二次鬼畜暗黒政権・アベ時代にアンダーコントロール発言(死ね)→
クソ五輪誘致(死ね)→
原発再稼働(死ね)→
公文書改竄(死ね)→
増税(死ね)→
コロナ(今ココ)→
からの中止、の流れは見事に最初から最後まで計算されつくしていたんですね。さすがクソ自民。

AKIRAの予言を現実化するために素晴らしいマッチポンプを演じてくれたクソ五輪関係者に拍手を送りたい*2

何が言いたいかというと、やっぱり80年代アニメは最高ですね! 世界に誇れる文化ですよ!
撮りためている今期のクソアニメは今すぐ全部消して、みんなで80年代アニメを観ましょう!

「中止だ中止!」

*1:2006年に野党から原発の全電源喪失の危険性が指摘されていたにもかかわらず、アベは放置しました。戦犯はアベです。安倍首相が原発事故前に「全電源喪失はありえない」と地震対策を拒否していた|LITERA/リテラ

*2:真面目な話、こいつら全員無知無能で教養のかけらもないクソザコ集団なので、仮にクソ五輪がマジで中止になったとしても偶然の産物であって何ら意図されたものではない。利権の汁を吸おうとしたゴミカス畜生どもに拍手なんか送らねーよ。

皆さんはどのWebブラウザを使っていますか?

んあーおっしゃらないで。もちろんFirefoxですよね。志が違いますよ。

えっ、Google Chromeですか?
そうですか……

gigazine.net

えっ?
えっ?

Google Chromeですか?